すててこ株式会社の地元、福井県あわら市(旧金津町)には、江戸時代初期(約400年前)から受け継がれてきた「金津祭り」という伝統ある祭礼があります。
勇壮な山車が、子供踊りや若者の太鼓と共に、町中を練り歩きます。
私は子供の頃からこの祭りと共に生きてきたので、祭りを盛り上げたいという思いが強いのですが、息子は
「子供太鼓の練習、行きたくないわー」
「なんで僕だけ祭りの日にみんなと遊べんのや?そんなん嫌や。」
と、ぶーたれまくり。
なんとかなだめながら、太鼓の練習に行かせました。

週2回、祭りの為の太鼓を練習する息子の一成。
私は私で、水口区の祭礼委員長という役を仰せつかったので、なんとか祭りを無事に巡行する為に、いろんな段取りを進めました。

6月に山車を倉庫から運び出します。この上に人形が乗ります。

人形を作るのは4代目人形師の岩堀雄樹(いわほり・ゆうき)さん。青壮年団で下準備。

岩堀さんが制作した人形「真柄十郎左衛門」。真柄直隆は、身長2メートルを超える巨体と大太刀「太郎太刀」を振るった越前国の朝倉氏に仕えた戦国時代の猛将です。

人形の山車と一緒に「前屋台」も祭りを彩ります。枠組みは大工さんに依頼し、装飾は金龍太鼓と地元の青壮年団が担当。

祭りは7月の海の日の前後3日間で行われます。
人手の少ない中、なんとか今回も巡行の準備ができ、さぁ本番です!

祭りは毎年、7月の海の日の前後(3日間)で行われます。これは前祭りの日に行われた地元回り前の神事。

本祭りは朝8時半から出発。地元の各地区を回ります。

大勢の大人で山車を巡行します。交差点での山車回しは梶棒担当の腕の見せ所。

前屋台が山車を先導します。山車は綱で引っ張ります。

綱の中で「進行」が山車の巡行指示を行います。今年の進行役は石川裕峰君。

子供たちは祭り用の化粧をし、水口区内は一緒になって綱を引っ張ります。右端が息子の一成。

各地区の本陣の前で、子供達は踊りや太鼓を披露します。

大人の太鼓も披露します。水口区の若者は、この太鼓の為に、3月から練習をしてきました。

今回は中高生3人が太鼓チームの前衛。

各地区を巡行する際には、各地区の区民が一緒に山車の綱を引っ張ってくれます。地元の外人さんも毎回手伝ってくれて、助かってます(^^)

小学生は山車の中で、笛や三味線に合わせて太鼓をたたきます。(右端は息子の一成)


旭区の本陣前での太鼓演奏。大太鼓を叩くのは金龍太鼓で水口区在住の山白洋平君。

金津祭囃子保存会のサポートを受けて、子供たちも太鼓(初っ切り)を披露。

B&G体育館から水口区に帰るまでは東部四区(天王区、新富区、中央区)が提灯を持ってお出迎えに来てくれます。

前屋台がライトアップされ、祭りはクライマックス(水口区への帰還)へ。

地元の水口区は金津祭りの会場である金津神社のおひざ元。水口区の本陣前は祭りの露天商さんでにぎわっています。水口区は最後に大勢の観客の前で太鼓を披露します。圧巻でした!

金津祭り会場を巡行する水口区の山車。
今年の水口区では、8名の小学生が太鼓を担当し、元気いっぱいに祭りを盛り上げてくれました。
一方で、4年後には、地区内の小学生はわずか2名になる見込みです。さらに、祭りの中心的な担い手となる青壮年団員も、現在のままでは9名まで減少します。
全国各地の祭りと同じように、金津祭りも少子高齢化による担い手不足という大きな課題に直面しています。
それでも、400年以上にわたって受け継がれてきたこの伝統行事を、私たちの代で絶やすわけにはいかないなと。。。これからも地区の住民が世代を超えて力を合わせ、地域総出で祭りを守り、次の世代へつないでいきたいと思っています。
(でも、地元に若者が少なくて、担い手がほんとにいないんですけどね(泣))
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この記事を書いた人
笹原 博之
すててこ株式会社代表取締役社長。下着・靴下・ストッキングのバイヤー歴28年以上。
座右の銘は「成長は人生の醍醐味」下着通販サイト加速中。